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現場のAI活用

記録に AI を使う前に決めておく「外に出してよい情報」の線引き

介護記録、看護記録、支援経過記録。現場で最も時間を取られ、最も「AI に任せたい」と思われている業務です。音声入力で下書きを作る、箇条書きのメモを文章に整える、長い経過記録を要約する——そうした使い方は、実際に多くの事業所で検討されています。

一方で、記録には利用者の氏名、生年月日、病名、服薬内容、家族構成といった情報が詰まっています。これらを外部の AI サービスに入力してよいのか。「名前だけ消せば大丈夫」なのか。この判断を現場職員ひとりひとりの感覚に委ねると、事業所としてのリスク管理は成立しません。

この記事では、特定のサービスを推奨することなく、何を外に出してよくて、何が駄目かを現場で判断できる形に整理します。あわせて、一見安全に見えて実は危ない使い方についても触れます。

前提となる制度を名称で押さえる

記録業務で AI を使うとき、関係してくる主な制度は次のとおりです。条文の細部まで覚える必要はありませんが、どの制度が何を求めているかは管理者レベルで把握しておきたいところです。

制度・指針の名称 記録業務との関わり
個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法) 個人情報の取得・利用・第三者提供・委託先の監督などの基本ルール。医療・介護の記録は原則としてここに含まれる
医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス 医療・介護分野に特化した解釈と具体例を示す。法の一般論を現場言語に落とした文書
医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 医療情報を扱うシステムの安全管理要件。外部サービス利用時の考え方も含む
各事業所の個人情報保護方針・利用目的の公表内容 利用者・家族に対して「何にどう使うか」を示したもの。AI 利用がこの範囲に収まるかの確認が必要

ここで押さえておきたい用語を二つ。要配慮個人情報とは、本人の人種、信条、病歴、犯罪経歴など、取扱いに特に配慮を要する情報を指します。診療記録や介護記録の多くは病歴や心身の状態に関する記述を含むため、この区分に該当すると考えて扱うのが安全です。もう一つは委託。事業者が業務の一部を外部に任せる形態で、この場合は委託先を適切に監督する責任が事業者側に残ります。クラウド型の AI サービス利用がこの委託にあたるかどうかは、契約形態とサービス提供者側の情報の取り扱い方によって変わります。

「外に出す」とは何を指すのか

議論が混乱しやすいのは、「外に出す」の定義が人によってずれているからです。現場で共有すべき整理は次のようになります。

  • 事業所のネットワーク内で完結する処理——記録システムに組み込まれた機能で、データが施設外に出ない構成。ただし本当に外に出ていないかはベンダーへの確認が必要
  • 契約に基づくクラウドサービスへの送信——法人として契約し、データの保存期間・学習利用の有無・保存場所が契約書や仕様書で確認できるもの
  • 職員が個人的に使う無料サービスへの入力——事業所が契約しておらず、利用規約の中身も確認していない状態での送信

三つ目が最も危険です。職員が善意で、業務を早く終わらせようとして、手元のスマートフォンから記録内容を貼り付ける。この行為が事業所として把握されていないこと自体が問題になります。禁止ルールを作るだけでなく、「なぜ駄目か」と「代わりにどうするか」をセットで示さないと、現場では止まりません。

入力してよい情報・駄目な情報の線引き

実務で使える判断軸として、次のような段階分けが考えられます。ただしこれは一般的な考え方の整理であり、実際の運用は各事業所の契約内容と方針に基づいて決める必要があります。

情報の種類 考え方
氏名、生年月日、住所、電話番号、保険者番号、利用者 ID 個人を直接特定する情報。外部サービスへの入力は原則避ける
病名、服薬内容、検査値、障害の内容 要配慮個人情報にあたりうる。他の情報と組み合わさると特定につながるため慎重に
家族構成、勤務先、住まいの特徴、近隣との関係 単体では特定しにくくても、地域が限られる事業所では組み合わせで特定されうる
一般的な介護技術、記録の書き方、制度の解釈に関する質問 個人情報を含まなければ、業務上の調べ物として使いやすい領域
事業所内の手順書のたたき台づくり、研修資料の構成案 利用者情報を含まない範囲であれば活用しやすい

つまり、AI を「利用者の記録を処理する道具」として使うのか、「業務知識を整理する道具」として使うのかで、必要な慎重さが大きく変わります。後者から始めて、前者については事業所として環境を整えてから、という順序が現実的です。

安全そうに見えて危ない使い方

ここが最も注意を要する部分です。以下は、たとえば次のような場面ですという仮の例として読んでください。

仮名化すれば安全、という思い込み

氏名を「A さん」に置き換えたから大丈夫、と考えるケース。しかし「85 歳女性、要介護 4、〇〇町在住、昨年 △△ 病院で手術」といった記述が残っていれば、小規模な地域では特定されうる情報になります。氏名を消すことと、個人が特定できない状態にすることは別物です。

音声入力の録音データの扱いが抜けている

音声からテキストを起こす機能を使う場合、テキストだけでなく音声データ自体がどこに保存され、いつ消えるのかを確認する必要があります。申し送りの音声には、記録に書くつもりのなかった他の利用者の情報や、職員の雑談が混ざることもあります。

要約機能を使った結果をそのまま記録にする

AI が生成した文章には、入力にない内容が混ざることがあります(いわゆるハルシネーション=事実に基づかない生成)。記録は事実の記載であり、公的な性格を持つ文書です。生成結果は必ず人が読み、事実と照合してから確定させる運用が前提になります。「誰がいつ確認したか」を残す仕組みも考えておきたいところです。

チャット履歴の共有・画面の見られ方

職員が共用端末で AI を使い、ログアウトせずに次の職員が使う。履歴に前の利用者の情報が残っている。これも情報の取扱いとしては問題になりえます。

事業所として最低限決めておきたいこと

個別のサービス選定の前に、組織としてのルール整備が先です。

  1. 利用目的の整理——記録作成に AI を使うことが、利用者・家族に説明している利用目的の範囲に収まるか。収まらない場合の説明方法をどうするか
  2. 使ってよいサービスの指定——法人契約し、データの取扱い条件を確認したものに限定する。それ以外の利用を明確に禁止する
  3. 入力してよい情報の基準——前述のような段階分けを、自事業所の言葉で文書化する
  4. 確認・承認のプロセス——生成結果を誰が確認し、どの段階で記録として確定するか
  5. インシデント発生時の対応——誤って個人情報を入力してしまった場合の報告先と初動
  6. 教育と見直し——ルールを作って終わりにせず、定期的に研修と内容の更新を行う

特に 5 番目は見落とされがちです。「間違えたら叱られる」という空気があると、誤入力は報告されずに埋もれます。報告しやすい体制のほうが、結果的にリスクを小さくします。

まとめ

記録業務への AI 活用は、現場の負担軽減につながる可能性を持つ一方で、扱う情報の性質上、慎重な設計が求められる領域です。この記事で整理したポイントを振り返ります。

  • 個人情報保護法、および医療・介護分野の各ガイダンス・ガイドラインが関係する。条文を暗記するより、何を求められているかを把握する
  • 「外に出す」には段階がある。最も危険なのは、事業所が把握していない個人利用
  • 氏名を消すだけでは不十分。組み合わせによる特定可能性まで考える
  • 生成結果は必ず人が確認する。記録は公的な性格を持つ文書である
  • サービス選定より先に、組織としてのルールと報告体制を整える

AI を使うか使わないかの二択ではなく、どこまでなら今の体制で安全に使えるかを見極めることが出発点になります。個人情報を含まない業務知識の整理から始め、記録そのものの処理に踏み込むのは環境と契約を整えてから——この順序であれば、現場も管理者も判断しやすくなるはずです。

なお、制度の解釈や運用上の具体的な判断については、所管の行政窓口や、事業所が契約する専門家への確認をおすすめします。本記事は一般的な考え方を整理したものであり、個別事案への法的判断を示すものではありません。